現在では世界最大級の映画シリーズとなったマーベル・シネマティック・ユニバース、通称MCU。その始まりが2008年公開の『アイアンマン』だったことはよく知られています。
では、その次に公開されたMCU作品は何だったでしょうか。
答えは『アイアンマン2』ではありません。MCUの第2作は、エドワード・ノートン主演の『インクレディブル・ハルク』です。
マーベル公式のMCU10周年鑑賞ガイドでも、『アイアンマン』の次に『インクレディブル・ハルク』が置かれ、その後に『アイアンマン2』が続いています。米国では『アイアンマン』公開からわずか約1か月後の2008年6月13日に公開されました。
ところが、後の『アベンジャーズ』でブルース・バナー/ハルクを演じているのはエドワード・ノートンではなく、マーク・ラファロです。
同じMCUのブルース・バナーなのに、なぜ俳優が交代したのでしょうか。
結論から言えば、「ノートンが一方的にクビになった」という単純な話ではありません。映画制作を巡るクリエイティブ面での意見の違い、マーベルが求めたチーム型の映画制作、契約交渉、そしてノートン自身の俳優としての志向が複雑に絡み合った結果と考えるのが、現在確認できる資料からは最も妥当です。
本記事では、『インクレディブル・ハルク』という作品そのものを振り返りながら、エドワード・ノートンがなぜ一作だけでハルク役を離れることになったのかを詳しく見ていきます。
- 『インクレディブル・ハルク』基本情報
- 『インクレディブル・ハルク』はどんな映画?
- 『アイアンマン』とはかなり違うダークなMCU作品
- 本作が「MCU第2作」であることを示す重要な場面
- エドワード・ノートンは脚本にも深く関わっていた
- ノートンとマーベルの間には「映画の方向性」の違いがあった
- 2010年、マーベルがエドワード・ノートンの続投を正式に断念
- ノートン側は「交渉は順調だった」と反論
- エドワード・ノートン自身も後に「別の仕事を選びたかった」と説明
- 「降板理由」を一言で言うなら何だったのか?
- 後任マーク・ラファロのハルクは『アベンジャーズ』で大成功
- 今見ると『インクレディブル・ハルク』は意外に重要なMCU作品
- まとめ|エドワード・ノートン版ハルクは「失敗」ではなく、MCUが形を作る途中の重要な一作
『インクレディブル・ハルク』基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | The Incredible Hulk |
| 製作年 | 2008年 |
| 監督 | ルイ・レテリエ |
| 脚本 | ザック・ペン |
| 主演 | エドワード・ノートン |
| ベティ・ロス | リヴ・タイラー |
| エミル・ブロンスキー | ティム・ロス |
| サディアス・“サンダーボルト”・ロス | ウィリアム・ハート |
| 上映時間 | 約112分 |
| 全米公開 | 2008年6月13日 |
| 日本公開 | 2008年8月1日 |
| MCU | 第2作 |
日本のソニー・ピクチャーズ公式サイトでは、監督をルイ・レテリエ、脚本をザック・ペン、出演をエドワード・ノートン、リヴ・タイラー、ティム・ロス、ウィリアム・ハートとし、本編時間を約112分としています。 日本では2008年8月1日に劇場公開されました。
英国映画協会BFIのデータでも、監督ルイ・レテリエ、脚本ザック・ペン、出演エドワード・ノートン、リヴ・タイラー、ティム・ロスと確認できます。
『インクレディブル・ハルク』はどんな映画?
主人公ブルース・バナーは、ガンマ線を使った実験中の事故によって、怒りや興奮で心拍数が上昇すると巨大な緑色の怪物「ハルク」へ変身する身体になってしまいます。
自分の力が他人を傷つけることを恐れたブルースは、恋人ベティ・ロスとも離れ、ブラジルに潜伏。工場で働きながら、インターネットを通じて治療方法を探し続けています。
しかし、ブルースの血液を手掛かりにサディアス・ロス将軍が居場所を突き止めます。
ロス将軍の目的は、単にブルースを救うことではありません。ハルクを生み出した力を軍事的に利用しようと考えているのです。
追跡部隊の中心となるのが、ティム・ロス演じる特殊部隊員エミル・ブロンスキーです。彼はブルースを追ううちに、人間を超えたハルクの力に魅せられていきます。
やがて、その欲望が恐るべき怪物「アボミネーション」を誕生させることになります。
ソニー・ピクチャーズ公式のストーリー紹介でも、ブルースがガンマ線事故によってハルクに変身する体質となり、ブラジルに潜伏しながら治療法を探していること、そしてロス将軍が彼を追跡する構図が説明されています。
『アイアンマン』とはかなり違うダークなMCU作品
現在のMCUを思い浮かべると、派手なアクションに加え、テンポの良い会話やユーモアを想像する人が多いでしょう。
しかし『インクレディブル・ハルク』は、かなり雰囲気が違います。
ブルース・バナーはスーパーパワーを手に入れて喜ぶヒーローではありません。
むしろ、
「自分の中に、自分では制御できない怪物がいる」
という恐怖から逃げ続ける人物です。
そのため本作には、スーパーヒーロー映画というよりも逃亡者を描いたサスペンス映画のような緊張感があります。
ブラジルの工場、大学キャンパス、ニューヨークの街などを舞台に、軍に追われるブルースの姿が描かれ、彼が感情を抑えようと必死になる様子そのものが物語の緊張感につながっています。
エドワード・ノートンは繊細で知的な人物を演じることに定評のある俳優です。その彼がブルースを演じることで、「静かな科学者」と「怒りそのもののようなハルク」という二面性が非常にはっきりしています。
本作が「MCU第2作」であることを示す重要な場面
『インクレディブル・ハルク』を単独作品として見ると、後のMCUとのつながりが薄く感じられるかもしれません。
しかし終盤には非常に重要な人物が登場します。
それがロバート・ダウニー・Jr.演じるトニー・スタークです。
『アイアンマン』の主人公が別の映画に姿を見せることで、「これらのヒーローは同じ世界に存在している」という構想が観客にはっきり提示されました。
2008年当時は、現在のような「複数の映画が巨大な一つの物語につながるシリーズ」はまだ極めて珍しいものでした。
その意味で『インクレディブル・ハルク』は、単なるハルク映画ではなく、後の『アベンジャーズ』へ向けたMCUの仕組みを形にした初期の重要作品でもあります。
エドワード・ノートンは脚本にも深く関わっていた
ここからが本題です。
なぜエドワード・ノートンは、この一作だけでブルース・バナー役を離れてしまったのでしょうか。
まず知っておきたいのは、ノートンが単に「主演俳優として現場に来て演技をした」だけではなかったことです。
日本公開時の2008年に行われた映画.comのインタビューで、ノートン本人は、当初は出演を断っていたと説明しています。理由は当時の脚本を「あまりにも漫画っぽすぎる」と感じたためでした。
ところがマーベル側から脚本を書き直してよいと言われたことをきっかけに出演を決意。さらに本人が「非公式のプロデューサーだった」と語るほど、脚本だけでなくポストプロダクションや編集にも深く参加しています。
つまりノートンにとって『インクレディブル・ハルク』は、単なる出演作品ではなく、自分自身の映画作りに対する考え方を反映させたプロジェクトだったのです。
これが後のマーベルとの関係を考えるうえで重要なポイントになります。
ノートンとマーベルの間には「映画の方向性」の違いがあった
エドワード・ノートンは、ハルクというキャラクターをかなり重厚な存在として捉えていました。
2019年に過去を振り返った際、ノートンはクリストファー・ノーランの『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』のような、長く、暗く、シリアスな方向性に魅力を感じていたと説明しています。
さらに、自分はハルクについて2本の映画にまたがる構想を提示していたとも語りました。ところが結果的に、マーベルが目指す方向はノートンが考えていたものとは異なっていきました。
現在のMCUを知っている私たちから見ると、この違いは理解しやすいでしょう。
マーベルはやがて、
アイアンマン
キャプテン・アメリカ
ソー
ブラック・ウィドウ
ホークアイ
ハルク
といったキャラクターを一つの作品に集める『アベンジャーズ』を作ろうとしていました。
一人の俳優が一作品を強く主導するよりも、複数の監督、脚本家、俳優が長期的なシリーズ全体の方針に合わせて制作することが必要になります。
ノートンの作家性の強いアプローチと、MCUという巨大シリーズを管理しようとするマーベルの制作方式は、次第に噛み合わなくなっていったと見ることができます。
2010年、マーベルがエドワード・ノートンの続投を正式に断念
決定的な出来事が起きたのは2010年です。
『アベンジャーズ』の製作が本格化するなか、マーベル・スタジオはブルース・バナー役を再キャスティングすることを決定しました。
当時マーベル・スタジオのケヴィン・ファイギは、エドワード・ノートンを再起用しない理由について、金銭的な理由ではなく、他のキャストと創造性や協調性を共有できる俳優を求めたためという趣旨の声明を出しました。
この声明はかなり強い表現だったため、「ノートンが扱いにくい俳優だったから降板した」というイメージが広がる原因にもなりました。
しかし、ここで注意が必要です。
ノートン側の主張は異なっていました。
ノートン側は「交渉は順調だった」と反論
ノートンの代理人ブライアン・スワードストロムは、マーベル側の説明に強く反論しました。
代理人によれば、ケヴィン・ファイギからノートンに『アベンジャーズ』への出演を打診しており、ノートンは監督ジョス・ウェドンとも面会。出演について前向きな話し合いが進んでいたとしています。
その後、出演料を含む契約交渉が行われましたが、最終的にマーベル側から別の俳優を起用すると伝えられたという説明でした。代理人は「金銭的な判断だったように見えた」とも述べています。
つまり、
マーベル側:「金銭ではなく、アンサンブル作品に適した協調性を重視した」
ノートン側:「交渉は普通に進んでおり、最終的には別の方向へ行くと告げられた。金銭面の判断にも見えた」
という食い違いがありました。
したがって、「ノートンが脚本に口を出しすぎて即座にクビになった」と断定してしまうのは正確ではありません。
エドワード・ノートン自身も後に「別の仕事を選びたかった」と説明
さらに興味深いのは、その後のノートン本人の発言です。
2014年、米公共ラジオNPRの番組『Fresh Air』でノートンは、『インクレディブル・ハルク』の経験自体は非常に楽しんだと振り返っています。
一方で、大作シリーズを何本も続けることに必要な撮影や宣伝活動の時間を考え、より多様な作品に出演したかったと説明しました。
実際、ノートンはその後、
『ムーンライズ・キングダム』
『グランド・ブダペスト・ホテル』
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
など、作家性の強い映画に相次いで出演しています。
もし長期間MCU作品に拘束されていれば、これらの映画のいくつかには出演できなかった可能性があると、本人も語っています。
その意味では、マーベルとの別れは結果的にノートン自身のキャリアにも合っていたのでしょう。
「降板理由」を一言で言うなら何だったのか?
ここまでを整理すると、エドワード・ノートンがハルクを演じなくなった理由は、単純な一つの事件ではありません。
大きく分けると、次の4つが重なったと考えられます。
- ノートンが脚本や編集まで深く関与するタイプの俳優だったこと
- ハルクをダークでシリアスに描きたいノートンと、MCU全体を構築したいマーベルとの方向性の違い
- 『アベンジャーズ』出演を巡る契約・制作方針の交渉がまとまらなかったこと
- ノートン本人も長期シリーズより多様な映画への出演を望んでいたこと
です。
そのため最も正確に表現するなら、
「制作方針とキャリア観の違いから、マーベルとエドワード・ノートンが別々の道を選んだ」
という言い方が適切でしょう。
後任マーク・ラファロのハルクは『アベンジャーズ』で大成功
ノートンの後任としてブルース・バナー役に起用されたのがマーク・ラファロです。
2010年のサンディエゴ・コミコンで、『アベンジャーズ』の新ハルクとして正式に紹介されました。
そして2012年公開の『アベンジャーズ』では、ラファロのブルース・バナーが大きな人気を獲得します。
ノートン版のブルースが「自分の中の怪物から逃げる男」だったのに対し、ラファロ版は徐々に「ハルクと共存しようとする男」へと変化していきます。
『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』
『マイティ・ソー バトルロイヤル』
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』
『アベンジャーズ/エンドゲーム』
と物語が進むにつれて、ブルースとハルクの関係そのものが大きなキャラクターアークになっていきました。
これはノートンが演じ続けていた場合とは、かなり異なるハルクになった可能性があります。
今見ると『インクレディブル・ハルク』は意外に重要なMCU作品
『インクレディブル・ハルク』は、MCU作品の中ではやや影が薄い存在かもしれません。
『アイアンマン』ほどMCUの原点として語られることもなく、『アベンジャーズ』のような華やかなオールスター映画でもありません。
しかし改めて見ると、非常に興味深い作品です。
まず、MCUという巨大シリーズがまだ完成形を見つける前に作られているため、現在のマーベル映画とはかなり雰囲気が違います。
ヒーロー映画でありながら逃亡劇の色が濃く、ブルース・バナーという人物の孤独や恐怖が中心に置かれています。
さらに、トニー・スタークを登場させることで「別々のヒーロー映画が同じ世界でつながる」という、後のMCU最大の特徴を早くも示しました。
そして何より興味深いのが、エドワード・ノートンという俳優の存在です。
彼が一作だけで去ったからこそ、『インクレディブル・ハルク』は現在でもMCUの中で独特の空気を持っています。
BFIも、本作をMCUの中でも特に異質な作品として取り上げ、後にブルース・バナー役がエドワード・ノートンからマーク・ラファロへ変更されたことをその大きな理由の一つに挙げています。
まとめ|エドワード・ノートン版ハルクは「失敗」ではなく、MCUが形を作る途中の重要な一作
『インクレディブル・ハルク』は2008年公開、ルイ・レテリエ監督、エドワード・ノートン主演の作品で、『アイアンマン』に続くMCU第2作です。
ブルース・バナーが自分の中に潜むハルクを治療しようとする逃亡劇を軸に、ロス将軍、エミル・ブロンスキー、アボミネーションとの戦いが描かれます。
そしてエドワード・ノートンがその後ハルクを演じなかった理由については、「わがままでクビになった」という一言では説明できません。
ノートンはもともと脚本や編集に深く関与しており、ハルクをより暗く、神話的でシリアスな物語として描こうとしていました。一方、マーベルは『アベンジャーズ』を中心とする巨大な共有世界を構築し、複数の俳優や監督が協力する制作体制を作ろうとしていました。
そこに契約交渉や出演料の問題、そしてノートン自身が多様な作品に出演したいというキャリア上の希望も重なり、両者は別々の道を進むことになります。
結果としてマーク・ラファロが新たなハルクとなり、MCUは世界的なシリーズへ成長しました。
しかし、もしエドワード・ノートンがハルク役を続けていたら――。
現在とはもっと暗く、心理ドラマ色の強いブルース・バナーがMCUの中心にいたかもしれません。
そう考えながら見返すと、『インクレディブル・ハルク』は単なる「昔のハルク映画」ではなく、MCUが現在の形になる直前に存在した、もう一つの可能性を感じさせる興味深い作品なのです。
▼『インクレディブル・ハルク』を配信しているVODはどこ?






