はじめに:日常に潜むスリル、あおり運転
高速道路や田舎道を運転しているとき、前の車がやけに遅かったり、後ろからピッタリと煽られたりしたことはありませんか? 日本では「あおり運転」という言葉がすっかりおなじみになり、ニュースでもたびたび取り上げられています。ドライブレコーダーの映像でその実態が明らかになり、時には危険な事件に発展することもありますよね。そんな日常に潜むドキドキを、エンターテインメントとして楽しめる映画があります。今回は、スティーヴン・スピルバーグの名作「激突!」(1971)と、ラッセル・クロウが主演の「アオラレ」(2020)を中心に、あおり運転をテーマにした映画の魅力をご紹介します。これらの作品は、ただのスリラーではなく、私たちに何か考えさせるものがあるかもしれません。
「激突!」:スピルバーグの出世作とあおり運転の名作
最初にご紹介するのは、スティーヴン・スピルバーグが監督として注目されるきっかけとなった「激突!」です。1971年にアメリカでテレビ映画として放送され、後に劇場でも公開されました。この映画は、あおり運転をテーマにした作品の古典とも言えます。ストーリーはとてもシンプルです。主人公のデイヴィッド・マン(デニス・ウィーバー)は、商談のためにカリフォルニアへ向かうセールスマンです。ハイウェイを走っていると、遅い速度の大型トレーラーを追い越しますが、その直後からトレーラーに執拗に追い回されます。驚くことに、トレーラーの運転手は最後まで顔を見せず、ただその巨大な車体と不気味な雰囲気でデイヴィッドを恐怖に陥れます。
この映画のすごいところは、余計な説明を省いたシンプルさにあります。なぜトレーラーが追いかけてくるのか、その理由は一切分かりません。観客はデイヴィッドと同じ目線で、わけのわからない恐怖に引き込まれます。スピルバーグは、トレーラーをまるで生き物のように描き、その不条理な追跡劇を90分間、緊張感たっぷりに演出しています。特にカーチェイスのシーンは見どころです。当時の技術とは思えないほど迫力があり、トレーラーが近づく音やエンジンの響きが恐怖をさらに盛り上げます。音楽もほとんど使わず、状況だけでサスペンスを作り上げる手法は、後の「ジョーズ」(1975)にもつながるスピルバーグの才能を感じさせます。
「激突!」が公開された1970年代は、アメリカで車社会が広がっていた時代です。ハイウェイを走るドライバーにとって、他人との距離感やマナーは日常の課題でした。この映画は、そんな車社会の暗い面を象徴的に描いています。実は、原作はリチャード・マシスンの短編小説で、彼自身がトレーラーに煽られた経験をもとに書いたそうです。現実の恐怖が映画になり、時代を超えて多くの人に響いているのです。
「アオラレ」:現代のあおり運転とラッセル・クロウの迫力
次にご紹介するのは、2020年に公開された「アオラレ」(原題:Unhinged)です。主演は「グラディエーター」で有名なラッセル・クロウで、彼が演じるのはあおり運転を繰り返す恐ろしい男です。物語は、シングルマザーのレイチェル(カレン・ピストリアス)が息子を学校に送る途中、信号で動かない前の車にクラクションを鳴らすところから始まります。その車の運転手(クロウ)が「マナーが悪い」と謝罪を求め、レイチェルが拒否すると すると、彼は彼女を執拗に追い詰めます。車での追跡だけでなく、彼女の生活や周囲の人々を巻き込んだ、息もつかせない恐怖が繰り広げられます。
「アオラレ」は「激突!」から約50年後の作品で、現代らしい要素がたくさん詰まっています。まず、あおり運転が社会問題として意識されている点が特徴です。日本では2010年代後半からあおり運転が話題になり、2020年には「妨害運転罪」ができました。「アオラレ」が公開された時期は、まさにこの問題が世界中で注目されていたタイミングと重なります。映画の冒頭では、ニュース映像のような演出で交通事故やロードレイジ(道路での怒り)の増加が示され、現代社会のストレスや不寛容さが背景にあることを感じさせます。
ラッセル・クロウの演技も見逃せません。「グラディエーター」の英雄的なイメージとは違い、ここでは太った体型と狂気を帯びた表情で、観客に強烈な印象を与えます。彼のキャラクターはただの悪役ではなく、社会から見捨てられたと感じる男の絶望と怒りが暴走した姿です。この点で、「激突!」の顔の見えないトレーラーとは違い、加害者の内面に踏み込んでいます。ただ、それが「激突!」のような不条理な恐怖を少し薄めてしまったという意見もあります。それでも、カーチェイスや暴力シーンの迫力は現代の技術でパワーアップしていて、90分間ずっとハラハラします。
二つの映画の共通点と違いを比較
「激突!」と「アオラレ」には、あおり運転というテーマを共有する一方で、違いもあります。共通点は、どちらも日常の運転シーンから突然恐怖が始まることです。クラクションを鳴らす、追い越すといった小さな行動がきっかけで、予測できない展開になります。この流れは、「自分にも起こるかも」と観客にリアルさを感じさせます。また、車そのものが恐怖の象徴として使われ、閉じた空間でのサスペンスがうまく描かれています。
一方で、演出やアプローチには時代が反映されています。「激突!」は1970年代のテレビ映画らしいシンプルさと不条理さを大切にし、トレーラーの運転手を謎の存在にしています。対して「アオラレ」は現代のアクションスリラーらしく、暴力や心理的な動機をしっかり見せています。携帯電話やGPSといった現代の道具も登場し、追跡劇に新しい緊張感を加えています。例えば、レイチェルのスマホが奪われるシーンは、現代ならではの怖さです。一方、「激突!」では公衆電話ボックスが重要な場面で出てきて、時代ごとの違いが面白いですね。
あおり運転映画の歴史と他の作品
あおり運転を扱った映画は、「激突!」をきっかけにいくつか名作が生まれています。例えば、1986年の「ヒッチャー」は、若者がヒッチハイカーを乗せたことから追い回されるスリラーです。ルトガー・ハウアー演じる謎の男の不気味さが光り、「激突!」の影響を感じます。2019年の「ロード・インフェルノ」も、家族旅行中の車が暴走族に狙われる現代的なあおり運転映画です。これらの作品は、「あおる側」と「あおられる側」の対立を軸に、心理的なドキドキをうまく描いています。
面白いのは、これらの映画が単なる娯楽ではなく、社会的なメッセージを持っていることです。「激突!」は車社会の孤独や無秩序を、「アオラレ」はストレス社会の闇を映しています。現実のあおり運転事件がニュースになるたび、こうした映画がまた注目されるのも分かります。
現実と映画がつながる:あおり運転から学ぶ
映画を見終わった後、ちょっと考えさせられることがあります。あおり運転は、なぜこんなに私たちを引きつけ、怖がらせるのでしょうか? それは、日常で誰もが感じる苛立ちや怒りが、極端な形で現れたものだからかもしれません。クラクションを鳴らす瞬間、前の車にイラっとする瞬間——そんな小さな感情が、映画では大きな恐怖になります。現実ではそこまでひどくならないことが多いですが、可能性はゼロではないですよね。
日本では、あおり運転対策としてドライブレコーダーが普及したり、法整備が進んだりしています。でも、根本的な解決には、ドライバー一人ひとりの意識が大事です。「アオラレ」のレイチェルが寝坊しなければ、「激突!」のデイヴィッドが冷静に対応していれば、もしかしたら違った展開になったかもしれません。映画は極端なフィクションですが、時間に余裕を持つことや相手を尊重する気持ちが、トラブルを防ぐ第一歩だと教えてくれます。
おわりに:映画で現代社会を見つめ直す
「激突!」と「アオラレ」は、あおり運転というテーマを通じて、異なる時代の恐怖と魅力を描いた傑作です。「激突!」はスピルバーグの若々しい才能と不条理なサスペンスで映画史に残り、「アオラレ」は現代社会の闇とラッセル・クロウの迫力で観客を驚かせました。どちらも単なるカーチェイス映画ではなく、人間の感情や社会の歪みを映す鏡でもあります。これらの作品を観ることで、日常の運転での自分の態度を見直し、安全運転の大切さを再確認できるかもしれません。
みなさんは、こんな映画のような体験をしたことがありますか? もしなければ、ぜひこれらの映画を観て、スクリーンの中でスリルを味わってみてください。そして、車を運転するときは、少しだけ心に余裕を持って、ハンドルを握ってほしいと思います。
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