映画『教皇選挙(原題:Conclave)』は、バチカンの深部で繰り広げられる権力闘争と、現代社会の価値観が衝突する極上のサスペンスです。エドワード・ベルガー監督(『西部戦線異状なし』)が描くこの作品は、単なる宗教映画の枠を超え、組織論やリーダーシップ、そして「不確実性」の中にある信仰を問う、非常にスリリングな人間ドラマに仕上がっています。
本記事では、この映画の内容と見どころ、そして知っておくと映画が100倍面白くなる「コンクラーベ(教皇選挙)のしくみ」について、徹底解説します。
1. 映画『教皇選挙』のあらすじ:聖座を巡る静かなる戦争
物語は、全世界のカトリック信徒14億人の頂点に立つローマ教皇が急逝するところから始まります。
主人公は、教皇選挙(コンクラーベ)の運営責任者を任されたローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)。彼は自身の信仰に疑問を感じ、辞任を考えていた矢先に、この重責を担うことになります。
システィーナ礼拝堂に封印された100人を超える枢機卿たち。そこでは、次期教皇の座を狙う有力候補たちの思惑が激しく交錯します。
- ベリーニ枢機卿(リベラル派): 前教皇の遺志を継ぎ、教会の近代化を目指す。
- テデスコ枢機卿(保守派): 伝統を守り、教会を古き良き時代に戻そうとする。
- アデイエミ枢機卿: アフリカ出身。初の黒人教皇の期待がかかるが、保守的な思想を持つ。
- トランブレ枢機卿: 野心家で、自らの選出のために根回しを欠かさない。
さらに、前教皇が極秘に任命していた謎のベニテス枢機卿が突如として現れ、選挙は混迷を極めます。次々と暴かれる候補者たちのスキャンダル、バチカン周辺でのテロの足音。ローレンスは、陰謀を暴きながら「神が望むリーダー」を見つけ出すことができるのでしょうか。
2. ここが見どころ!映画を彩る3つのポイント
① 名優たちの「顔」が語る緊張感
主演のレイフ・ファインズが、自身の疑念と義務の間で揺れ動くローレンスを抑えた演技で見事に体現しています。特に、投票用紙に名前を書く際の手の震え、他者の嘘を見抜こうとする鋭い眼差しは圧巻です。脇を固めるスタンリー・トゥッチやジョン・リスゴーといったベテラン勢の、一言一句に毒と戦略を込めた「言葉のボクシング」も見逃せません。
② 美学に裏打ちされた映像と音楽
システィーナ礼拝堂の壮麗な空間、枢機卿たちがまとう鮮やかな「深紅」の法衣。この赤と、背景の冷たい石造りの対比が、密閉空間の圧迫感を強調します。また、ヴォルテール・ベルテルマンによる重厚な弦楽器のスコアが、心拍数を上げるような緊張感を常に持続させます。
③ 衝撃のラストが問いかけるもの
この映画の最大の議論の的は、その結末にあります。ネタバレは避けますが、これまでの伝統や常識を根底から覆すような展開は、観客に「真の信仰とは、真のリーダーシップとは何か」を強烈に突きつけます。現代社会におけるジェンダーや多様性の問題を、世界で最も閉鎖的な場所で描くという大胆な挑戦がなされています。
3. コンクラーベ(教皇選挙)のしくみを徹底ガイド
映画をより深く理解するために、実際のコンクラーベのルールを知っておきましょう。「根比べ」の語源とも間違えられる、その過酷なプロセスは以下の通りです。
基本ルールとプロセス
| 項目 | 内容 |
| 場所 | バチカン市国、システィーナ礼拝堂。 |
| 選挙人 | 80歳未満の枢機卿(通常120人以内)。 |
| 合言葉 | 「Extra omnes(全員退去)」。この合図で扉がロックされ、外部との接触が完全に遮断されます。 |
| 投票数 | 3分の2以上の票を獲得した者が選出される。 |
| 期間 | 決まるまで終わらない。数日から、過去には数年に及んだ例もある。 |
独特の儀式:煙の色
投票が終わるたびに、投票用紙は焼却されます。その煙の色が、広場で待つ世界中の信徒への合図となります。
- 黒い煙: 教皇が決まらなかった。
- 白い煙: 教皇が決定した!(その後「Habemus Papam(我らには教皇がいる)」と宣言される)
なぜ「秘密」なのか?
コンクラーベはラテン語で「鍵がかかった(cum clavis)」という意味です。かつて、選挙が長引くことにしびれを切らした信徒たちが、枢機卿たちを部屋に閉じ込めて「決まるまで出すな、食事も減らすぞ」と迫った歴史が背景にあります。映画でも、携帯電話は没収され、窓は塞がれ、電子機器のジャミング(妨害電波)まで行われる様子が描かれています。
4. 考察:なぜ「疑念」が必要なのか
映画の中でローレンス枢機卿が語る、印象的な説教があります。
「確信は、信仰の敵である。疑念こそが、神への探求を止めない力になる。」
教皇という「完璧」を求められる椅子を選ぶからこそ、候補者たちの不完全さ(人間臭さ)が浮き彫りになります。野心、差別心、過去の過ち。それらをすべて剥ぎ取った後に残るものは何なのか。
この映画は、宗教という枠組みを借りて、私たちが生きる現代の「政治の二極化」や「情報の不透明さ」を風刺しています。誰を信じるべきか、何をもって正しいと判断するのか。バチカンの分厚い壁の向こう側で行われることは、実は私たちの日常の選択と地続きなのです。
まとめ:あなたは「白い煙」をどう見るか
映画『教皇選挙』は、ミステリーとしての面白さはもちろん、観終わった後に誰かと語り合いたくなる「思想的深み」を持った一作です。豪華な美術と衣装に目を奪われ、枢機卿たちの騙し合いにハラハラし、そして最後には人間の可能性について考えさせられるはずです。
劇場で、その重厚な空気感にぜひ「閉じ込められて」みてください。
映画『教皇選挙』と、あわせて観るべき名作『2人のローマ教皇』を比較した解説記事を作成しました。
この2作をセットで知ることで、バチカンという特殊な組織が抱える葛藤と、現代のカトリック教会が直面している「伝統と革新」の対立がより鮮明に見えてきます。
バチカンの裏側を描く2つの傑作:『教皇選挙』と『2人のローマ教皇』徹底比較
バチカンの教皇選出という、世界で最も閉ざされた「政治の舞台」を描いた2つの映画。サスペンスフルな**『教皇選挙(Conclave)』と、実話に基づき対話の妙を描いた『2人のローマ教皇(The Two Popes)』。
この2作は、いわば「同じコインの裏表」です。それぞれの特徴を比較しながら、その魅力を深掘りします。
1. 映画のトーン:スリリングな「密室劇」か、心温まる「対話劇」か
| 比較項目 | 『教皇選挙』 (2024) | 『2人のローマ教皇』 (2019) |
| ジャンル | 心理サスペンス・ミステリー | ヒューマンドラマ・伝記 |
| 視点 | 選挙を運営する「事務方」の苦悩 | 実在の「新旧教皇」2人の交流 |
| 雰囲気 | 重厚、冷徹、一触即発の緊張感 | ウィットに富み、温かく、人間味がある |
| 結末の性質 | 既存の価値観を揺るがす衝撃 | 希望と赦しを感じさせる感動 |
『教皇選挙』:組織の闇を暴くミステリー
こちらは、誰が教皇になるのかを巡る「椅子取りゲーム」の側面が強く、スキャンダルや陰謀が次々と暴かれるエンターテインメント作品です。システィーナ礼拝堂という密閉空間で、人間の野心と信仰がぶつかり合う様子を、鋭い演出で描き出します。
『2人のローマ教皇』:歩み寄るための対話
Netflixで公開された本作は、保守派のベネディクト16世と、リベラル派の現教皇フランシスコ(当時はベルゴリオ枢機卿)が、教会の未来のためにいかにして理解し合ったかを描きます。タンゴを踊ったり、ピザを食べながらサッカーを観たりといった、人間らしいユーモア溢れるシーンが特徴です。
2. 共通のテーマ:「保守 vs リベラル」の衝突
両作に共通する最大のテーマは、「教会は変わるべきか、伝統を守るべきか」というイデオロギーの対立です。
- 保守派の主張: 「2000年の伝統を変えることは、神の真理を捨てることだ。世俗に迎合してはならない。」(『教皇選挙』のテデスコ枢機卿、『2人のローマ教皇』のベネディクト16世)
- リベラル派の主張: 「時代に合わせて変わらなければ、教会は人々を救えなくなる。慈悲こそが最優先だ。」(『教皇選挙』のベリーニ枢機卿、『2人のローマ教皇』のフランシスコ教皇)
『教皇選挙』ではこの対立が**「権力闘争」として描かれ、『2人のローマ教皇』では「友情と責任」**として描かれます。この違いを意識して観ると、バチカンが抱える深刻な二極化問題がより立体的に理解できます。
3. 「不完全な人間」としての聖職者
どちらの映画も、枢機卿や教皇を「聖人君子」としてではなく、「欠点や過去の過ちを抱えた一人の人間」として描いている点が共通しています。
- 『教皇選挙』では、清廉潔白に見える候補者たちが、自らの地位を守るために保身に走ったり、他人を蹴落としたりする人間の「業」が描かれます。
- 『2人のローマ教皇』では、ベルゴリオ(フランシスコ)が母国アルゼンチンの軍事政権下で直面した苦渋の選択と、その罪悪感が描かれます。
「神の代理人」を選ぶという神聖な儀式の裏で、生身の人間たちが泥臭く悩み、決断する姿。この人間味こそが、私たち観客を惹きつける最大のポイントです。
まとめ:2作をあわせて観る楽しみ方
まずは『教皇選挙』で、バチカンの組織構造やコンクラーベの緊迫感、そして現代社会への鋭い問いかけを浴びるように体験してください。
その後、『2人のローマ教皇』を観ることで、そこで描かれた対立の先にある「和解の可能性」や、実在するフランシスコ教皇が体現している「優しさ」の意味をより深く噛み締めることができます。





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