「真実」は一つではない――映画『怪物』と『でっちあげ』が突きつける、私たちの危うさ

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私たちは日々、断片的な情報だけで「あの人は悪人だ」「これが正解だ」と判断してしまいがちです。しかし、その「正義感」こそが誰かを追い詰める刃になるとしたら?

そんな現代社会の盲点を鋭くえぐる2つの映像作品について、深く掘り下げていきましょう。

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1. 映画『怪物』:視点が変われば、世界は反転する

2023年に公開され、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した是枝裕和監督・坂元裕二脚本の『怪物』。この作品の最大の特徴は、同じ時系列の事件を「3つの異なる視点」で描き出す構成にあります。

【内容のあらすじ】

映画『怪物』予告映像

大きな湖のある町。シングルマザーの早織(安藤サクラ)は、息子の湊(黒川想矢)の様子がおかしいことに気づきます。体に傷があり、スニーカーが片方なくなり、さらには「僕の脳は豚の脳と入れ替えられた」という不気味な言葉を口にする湊。

早織は学校に乗り込みますが、担任の保利先生(永山瑛太)や校長(田中裕子)の対応はどこか上の空で、不気味なほど冷淡です。やがて事態は「教師による生徒への暴力事件」としてメディアを巻き込む騒動へと発展していきます。

【見どころと深掘りポイント】

  • 「羅生門」スタイルによる多層的な物語第一部(母の視点)では保利先生が「怪物」に見え、第二部(教師の視点)では彼が不運な被害者に見え、そして第三部(子供たちの視点)で、全く異なる純粋で切実な真実が明かされます。
  • 「普通」という名の暴力「男らしく」「普通の家族」といった、何気ない言葉が子供たちをどれほど追い詰めているか。坂元裕二氏の脚本は、観客自身の無意識の偏見をあぶり出します。
  • 坂本龍一氏の遺作となった音楽静謐で、どこか祈りのようなピアノの旋律が、行き場をなくした魂を優しく包み込みます。

2. 『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』:現実という名の恐怖

こちらは、2003年に福岡で実際に起きた「史上最悪の教師によるいじめ事件」とされる騒動と、その裏に隠された驚愕の真実を描いたノンフィクション(およびその映像化作品)です。

【内容のあらすじ】

映画『でっちあげ』予告

ある小学校の男性教諭が、教え子に対して「お前の血は汚れている」といった差別的な暴言を吐き、自殺教唆に近い凄惨ないじめを行っているという告発がなされます。

メディアは「殺人教師」と一斉にバッシングを開始し、教育委員会も事実確認を疎かにしたまま教師を処分。しかし、弁護士たちが調査を進めるうちに、「被害者とされた児童や保護者の証言」の多くが、実は事実無根の作り話(でっちあげ)であった可能性が浮上します。

【見どころと深掘りポイント】

  • 集団心理の暴走「子供が嘘をつくはずがない」「かわいそうな被害者を守らなければ」という善意が、一人の人間の人生を完膚なきまでに破壊していく過程は、ホラー映画よりも恐ろしいものがあります。
  • メディア・リンチの恐ろしさ裏付けを取らずに刺激的な見出しで煽るマスコミの罪深さ。これはSNS社会となった現代において、より切実な問題として響きます。
  • 「怪物」の所在『怪物』が誤解や行き違いを描いているのに対し、こちらは明確な「悪意」や「虚言」、そしてそれを検証できない「組織の弱さ」を描いています。

3. 2つの作品を比較して見えてくるもの

この2作を併せて観る(読む)ことで、私たちは「真実」を判断することの難しさを痛感させられます。

【共通点と相違点の比較】

比較項目映画『怪物』『でっちあげ』
舞台小学校(フィクション)小学校(実話・福岡)
騒動の発端息子の変化への不信感保護者によるショッキングな告発
悪役とされる人物担任・保利先生担任・川上先生(仮名)
真相の性質「誤解」と「秘められた愛」「虚偽」と「組織の怠慢」
メッセージ誰しもが誰かにとっての怪物になりうる正義感に基づいた集団の暴走は制御不能である

深い考察:なぜ「教師」が標的になるのか

両作に共通するのは、「教師という立場は、一度『加害者』のレッテルを貼られると反論が許されない」という過酷な現実です。学校という聖域を守ろうとするあまり、事なかれ主義に走る学校側の対応が、火に油を注ぐ点も共通しています。

『怪物』の保利先生は、飴を食べていたという些細な誤解から人生を狂わされました。『でっちあげ』の教師は、存在しない差別発言によって社会的抹殺を試みられました。

4. 結びに代えて:私たちは「怪物」にならないために

映画『怪物』の終盤、嵐のあとの光の中で子供たちが走っていく姿は、美しくもどこか危うい解放感に満ちています。一方で『でっちあげ』が残すのは、一度壊された名誉は二度と完全には戻らないという、冷徹な現実の重みです。

私たちは、ニュースやSNSで流れてくる「一方的な情報」を鵜呑みにしていないでしょうか?

「悪人」を叩くことで、自分たちが「正義の怪物」になってはいないでしょうか?

この2つの作品は、エンターテインメントとしての面白さを超えて、「自分の見ている景色を疑う」という、現代を生きるために最も必要な知性を私たちに授けてくれます。

もしあなたが、今の社会の空気に息苦しさを感じているなら、ぜひこの2作に触れてみてください。そこには、あなたが今まで気づかなかった「もう一つの真実」が隠されているはずです。

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